仮想現実(VR)技術には、人間の感覚を刺激し、別の現実に運んでくれる力があり、最近注目を集めている。この技術の価値はエンターテインメント分野以外でも認知されつつあり、教育界や不動産業界などさまざまな業界に浸透しようとしているが、ニューヨークのスタートアップVirtual Rehabは、VRを受刑者の社会復帰訓練に応用しようとしている。
同社の創立者であり最高経営責任者(CEO)の起業家、Raji Wahidy博士は、VRには受刑者の社会復帰訓練と教育を行う力があり、究極的には、受刑者が釈放後によりよい生活を送る準備を調え、再犯と再収監を減らし、納税者の負担を減らすことができると強く信じている。Virtual Rehabは、この信念の下に設立された。
同社はVR技術を使い、性犯罪者や家庭内暴力の加害者、その他の受刑者に対して、実用的な職業訓練とともに、矯正サービスと社会復帰訓練プログラムを提供することを目指している。
Wahidy氏は米ZDNetに対して、Virtual Rehabの技術は、仮想世界に対するインターフェースのメタファーとして、プレゼンスのシミュレーションを用いることで、受刑者がコンピュータが生成した世界で、自動車のバッテリ交換などの現実的な作業を行うことを可能にしていると述べている。同社は触覚フィードバックの技術を利用して、体験をより現実的に感じられるようにしている。例えば、仮想世界で自動車のエンジンを切った後、十分に冷める前にバッテリを交換しようとした場合、軽い電撃を感じるようになっている。
Wahidy氏によれば、重要なのは、仮想環境で得たスキルが現実世界に直接応用可能であることだ。
Virtual Rehabはまた、現実世界で起こり得る、人同士が対立している状況に対する受刑者の反応をテストし、結果に応じて点数をつけている。
「受刑者は、夫婦喧嘩や恋人同士の喧嘩など、現実の生活で起きる可能性のある状況に置かれる。その後、受刑者がどう反応するかを監視し、状況を解決するために適切な行動を取れるかどうかを調べる」とWahidy氏は述べている。同氏は以前、Vodafoneの業務担当バイスプレジデントを務めていたこともある。
「この場合適切な行動は、2人の間に入って距離を取らせることだ。そうしたくない場合は、警察に連絡して助けを呼ぶことが望ましい」
Wahidy氏は、間違いから学ばない受刑者も出てくると認めているが、学ぶことができる人の割合の方が高いはずだと主張している。
「多くの受刑者は心から社会に復帰したがっている。彼らを死ぬまで犯罪者扱いして、働いたり、働くための能力やスキルを身につけるのを妨げるよりも、手助けすべきだ」と同氏は言う。
「もし受刑者を訓練せず、刑務所を罰を与えるだけの場所にしても、何の役にも立たない」
Institute of Criminal Policy Researchの統計によれば、現在の世界の在監者数は約1050万人であり、このうち米国の在監者は220万人で首位を占め、中国がそれに続く160万人となっている。
米国政府は2016~17会計年度に、刑務所と拘置所に88億ドルの予算を割り当てている。Virtual Rehabは、世界的に見た場合、同会計年度中に352億ドルが刑務所と拘置所に投じられると推計している。
Wahidy氏は、米国立司法省研究所の統計を引用しながら、釈放された犯罪者の3分の2が3年以内に再び収監され、75%が5年以内に戻ってくると語った。このことが、米国の刑務所が混雑している要因になっている。
「現在の取り組みがどういったものであれ、それはうまくいっていない」とWahidy氏は言う。「誰しも良いところを持っている。その小さな美点を大きく育むのか、刑務所を受刑者を罰することに使って事態を悪化させるかはわたしたち次第だ」
VRが一般に認知されるようになったのはこの数年のことであり、大きく成長する時期を迎えようとしているという調査もあるが、この技術はすでに数十年にわたって、医療分野で仮想現実暴露療法の道具として使用されている。多くの研究が、VRは恐怖症や心的外傷後ストレス障害、強迫性障害などを含む、さまざまな精神疾患の治療に効果があることを示している。
Wahidy氏は、心理学者や精神分析医を刑務所に連れてくるのは、費用が掛かるだけでなく、必ずしも受刑者にとって最善の方法にならないと述べている。
「精神分析医との会話は、恐ろしく感じられる場合がある」とWahidy氏は言う。「受刑者に話す準備ができていないかも知れないことを(心理学者や精神分析医に)無理に告白させるよりも、仮想的なシナリオを使って教育することを試した方がいい」(Wahidy氏)
VR技術を受刑者の教育や社会復帰訓練に使おうと考えていたのは、Wahidy氏だけではない。現在ピーターズバーグの連邦矯正複合施設に収監されているChristopher Zoukis氏は、受刑者教育のテーマに熱心に取り組んでおり、最近では、仮想現実や拡張現実を受刑者の教育とメンタルヘルス治療に使用するアイデアについて検討する記事を書いた。
Zoukis氏はこの記事で、「刑務所の刑罰としての側面を重視する人たちは、仮想現実や拡張現実の利用を、受刑者に高価なゲームやエンターテインメントへのアクセスを与えることになると考えるかも知れない。しかし実際には、コンテンツは教育や職業上のスキル、識字能力、メンタルヘルスなどのプログラムに焦点を合わせたものになるだろう」と書いている。
「受刑者の教育と社会復帰訓練は、最終的には累犯を減少させ、さまざまな経費節減につながり、釈放された受刑者の社会復帰を助け、元受刑者を社会に貢献する一員に変える」(Zoukis氏)
Zoukis氏自身、刑務所内で3つの資格を取得したほか、現在は学際的な研究で学士号を取得しようとしており、2018年の釈放後にはロースクールで学ぶことを予定している。
Wahidy氏の考えでは、Zoukis氏のようなエピソードは、受刑者が価値ある社会の一員になることを支援するために、もっとすべきことがあると証明するものだ。
同氏は今後Virtual Rehabが、いくつかの大きな課題にぶつかるだろうことは認識している。例えば、米国の一部の州は、刑務所内でのテクノロジの利用について、他の州よりも厳しい法律を持っている。
「今後政府当局と連携して、法律や規制の観点から何が変えられるかを評価する予定だ」とWahidy氏は述べている。「当然、ビジネスの事例や、医療分野では有効であるという事実、現在のシステムがうまくいっていないことなどを利用することになる」
Wahidy氏はまた、取り組みをカナダや英国など、米国以外の地域に拡大していく際にも課題があることを認めた。
同氏は、「すべての国は、それぞれ独自の法律と規制を持っており、各国の事情に合わせる必要がある。言語的な要件についても検討する必要があるが、今は技術の進歩を活用し、助けを必要としている人たちのために先に進むべきだ」と述べている。
「これは、全員にメリットがあるシナリオだ。税金は下がり、コミュニティはよくなり、人生で第2のチャンスを得るべき人たちに、よりよい未来を作れる」(Wahidy氏)
Virtual Rehabは現在、米国のすべての州政府担当者やベンチャーキャピタリストと議論を進めており、2017年中頃に取り組みをスタートさせる計画だ。
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